人の生き死には計りしれない

意識を取り戻してからが、さあ大変。頭はまったくクリアで、私の言うことに反発するばかり。

入院9日目、無断で広い個室に移る。ああしろこうしろと、私を手足のごとく使う。どうやら1年ぐらい病院に居座りたかったようだが、入院36日目に検査で問題がないとわかり、退院。あとは飲み薬だけの治療でいいと言う。肝心要の心臓が破裂しても生きられる、夫の生命力と医学の進歩に驚いた。

それから2ヵ月もしないうちに、夫の弟が同じ病で亡くなった。兄とは似ても似つかぬ、真面目な義弟。毎月1回、東京の有名な医者のもとへ通っていたのに。人の生き死には計りしれない。あの綱渡り人生の兄貴が生還したことを知っていた義弟は、まさか自分が先に逝くとは思ってもみなかっただろう。

倒れて1年経った現在、77歳の夫は元気いっぱい、胸にコルセットを巻いて、ゴルフに通っている。酒は朝から飲む。旨いものは食べ放題。ギャンブルもする。こっそりタバコも吸っているみたい。

胸に当ててある布がいつ破れるかもしれないのに、恐れを知らぬ男だ。器具だらけでベッドにくくりつけられ、身動きもできなかった日々をもう忘れたのか。あのときのひどい顔を写真に撮っておき、引き伸ばして家の壁に貼ればよかった。

ただ、今度のことでわかった、あのあきれた夫が私にとってかけがえのない人だったんだと。仲の良い夫婦ではないけれど、足並みはまったく揃わないけれど、いなくなられると困ることを。

いつものように「死んでもいいのか、この無責任野郎!」となじると、「そのときはそのときたい。次は釜山へ遊びにいこうかと思ってる」。ああ、バカは死ななきゃなおらんとよ。いっぺん死にんしゃい。


※婦人公論では「読者体験手記」を随時募集しています。

現在募集中のテーマはこちら

アンケート・投稿欄へ