17歳になった中森明菜に待ち受ける運命
1982年7月12日、アルバム『プロローグ〈序幕〉』はオリコン初登場7位にランクイン。新人アイドルのデビューアルバムとしては上出来である。この時点で、アーティスト・中森明菜のデビュープロジェクトは成功を収めたと言っていいだろう。
だが、歴史は思わぬ急展開を見せる。
翌13日、彼女は17歳になる。それから2週間後、セカンドシングル『少女A』がリリースされる。レコーディングの際、明菜は『少女A』を自分のイニシャルだと勘違いし、最後まで「歌いたくない」と抵抗したという。
17歳になった少女・中森明菜が、同曲で一躍スターになるのは歴史の事実である。実は、『あなたのポートレート』はセカンドシングルでも、最後まで『少女A』とシングル候補を争ったと聞く。
もし――歴史に「if」が許されるとして、その時『あなたのポートレート』が選ばれていたら、その後の彼女の人生はどうなっていただろう。
※本稿は、『黄金の6年間 1978-1983 ~素晴らしきエンタメ青春時代』(発行:日経BP 発売:日経BPマーケティング)の一部を再編集したものです。
『黄金の6年間 1978-1983 ~素晴らしきエンタメ青春時代』(発行:日経BP 発売:日経BPマーケティング)
かくして、僕らは大人になった
日本のエンタメの原点であり、未来でもある、最も熱気にあふれた時代
音楽、テレビ、映画、文学の各分野がクロスオーバーを始め、新しい才能が芽生えた1978~1983年。この「黄金の6年間」になぜエンタメ界が進化し、優れたクリエイターや話題作が次々と生まれ、今につながるスタンダードになり得たのか。その深層を読み解く。1980年代の音楽情報発信サイト「Re:minder-リマインダー」の人気連載を待望の書籍化。