《男子トイレ事件》を想起したお見合い

いきなり、私の結婚相手に歯科医をすすめてきた母。その頃、父は実兄のクリニックを継いで院長になっていて、一緒に働いてくれる若い歯科医を探していました。母はなんと、候補者に会いに行き、私とお見合いさせようと必死に動き回っていたのです。

相手の男性たちは、さぞ驚いたことでしょう。丸の内のクリニックに就職できると思ったら、娘まで付いてくる…というのですから。

母の動向を知ったのは、私が後にも先にも一度だけした、お見合い相手の男性が教えてくれたからです。「あとは、お若いお二人だけで」となった流れで、彼が「君のお母さん、必死すぎる……」と。その後、お見合いの話を双方が断ったにもかかわらず、母は彼を何度も訪ね、「娘と結婚してください」と頼み込んだそうなのです。小3年の〈男子トイレ事件〉のような恥ずかしさをおぼえました。

〈歯科医の妻のプライド〉はその一連の流れで母が何度も口にした言葉です。結婚前、金融関係の会社に短期間お勤めして結婚し、ずっと専業主婦の母。それなのにプライドだけをひけらかす彼女を、私は心から軽蔑していました。

世界が〈家〉しかないから、価値観もそれだけになる。母はいまで言う〈情弱(情報弱者)〉の最たるものでもありました。以前も書きましたが、私が結婚前まで住んでいた実家は母方の母の持ち物であり、母はずっと〈娘〉でもあった。家族や親戚の中で、何かを主張しなければならないとき、先頭に立っていたのはいつも祖母でしたから、矢面に立つことも、ジャッジに関わることもない。

そうした姿が許せず、度々声をあげた私に対し、母はまともに反論ができず、二言目には「こんなにしてあげてるのに」と言いました。