◆退屈を味わうために書く

私は常に、明日死ぬかもしれない、と思いながら生きているので、今書いているその小説のことしか考えられません。いつかはこれを書きたい、といったことは、一度も考えたことがない。

執筆中に思うことはただひとつ、「これまでに書けなかったものを書こう」。これだけです。自分に書けるとわかっているものなら書かないほうがまし。新しいものを一文字一文字刻んでいくように、この仕事を続けられたらいいですね。

欲望というものは人を動かす原動力だと思いますが、私の場合、「書きたい欲望」と「読ませたい欲望」、そして「読んだ人からちょっとほめられたい欲望」の3つに動かされています。なんのことはない、私はこの仕事が好きで、やりたくてやっているのです。

一方、一番幸せを感じるのは、だれからも原稿の催促をされず、退屈を持てあまし、ぽっかり何もしないでいる時間。夫と二人でご飯を食べているときとかね。

でもその状態に至るためには、集中して小説を書き上げなくてはなりません。小説を書く時間があるからこその退屈なわけです。ですから、幸せを味わうためにも、これまで書けなかったものをせっせと書き続けていきたいと思います。