母娘が幸せに生きていけるように
冷凍のお弁当を電子レンジで温めている時、レンジの中の様子を指差し、のぶよさんが言った。
「まわってる……」
「まわってるねー」と扶美さんが微笑む。
のぶよさんは食事の前に「いただきます」を、食べ終われば「ごちそうさまでした」を手を合わせて言う。
扶美さんが「あら、のぶよさん、洗いものそのままじゃない。やってくれる?」と声をかければ、のぶよさんが立ち上がり、ゆっくりとお皿を洗う。それをみて扶美さんが「上手上手、じょうずよー」と励ます。
私は最後に扶美さんにこう質問した。
もし特養が決まった時、のぶよさんが入りたくないと言ったらどうするのか、と。
扶美さんは「家で看るしかないでしょう」と即答した。
「実は私の子どもは病があるんですね。だから主人は、このうえ母を家で看るとなると私がオーバーワークになるってよく言うんです。主人も母をよくサポートしてくれていますが、足が悪いし、私もここ数年、目の病気で手術をしていますから。でもね、父が亡くなってから40年、ずっと母と支え合って生きてきたという思いもあるんです。また母は、私が子育てで最も大変な時に同居してくれて、懸命に孫の世話をしてくれたこともありました。だからもし母が特養がいやだと言ったら、恩返しだと思って看るしかない。それに……何だか恩返しが終わらないと特養に入居できないような気もするんです」
そう肩をすくめて扶美さんが言う。
このまま家にいられないかもしれない。けれども今は一日一日を母と娘が力を合わせて生活している。その光景を垣間見て、私はなんだか胸が温かくなった。こんな日々があるのなら、この先のぶよさんが施設に入ることになっても、きっと母娘は幸せに生きていけるのではないかと感じた。
※本稿は、『実録・家で死ぬ――在宅医療の理想と現実』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
『実録・家で死ぬ――在宅医療の理想と現実』(著:笹井 恵里子/中公新書ラクレ)
最期を迎える場所として、ほとんどの人が自宅を希望する。しかし現実は異なり、現在の日本では8割の人が病院で最期を迎える。では、「家で死ぬ」にはどうすればいいのか。実際には、どのような最期を迎えることになり、家族はなにを思うのか――。著者は、在宅死に関わる人々や終末期医療の現場に足を運び、在宅医療の最新事情を追った。何年にもわたる入念な取材で語られる本音から、コロナ禍で亡くなった人、病床ひっ迫で在宅を余儀なくされた人など、現代社会ならではの事例まで、今現在の医療現場で起こっていることを密着取材で詳らかにしていく。