「広忠=暗殺説」が広まった理由

それから何より、松平広忠は家臣に殺害されたのではなく、病気で亡くなったらしい。当時の信頼性の高い資料には、殺された、なんて書いてないんですね。

今川義元のもとで人質生活を送る幼少期の家康 【絵】辻岡文助 編『[絵本]』〔13〕 徳川家康一代記 上,辻岡文助,明14.9. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2023-01-13)

どうも家康の生涯をドラマティックに演出したい江戸時代の人々が「広忠=暗殺説」を唱えたらしいけれど、その説明には証拠が乏しい。

ただし、大ベストセラー『徳川家康』を書いた歴史小説家の山岡荘八が、「広忠=暗殺説」に乗っかった。それで、史実ではない可能性が高い認識が世間に流布した、というのが現状でしょう。