よく、ガンバッタナ

――よく、ガンバッタナ。

そう声をかけるしかない。近しいものの死を前にすると、言葉は無力になる。

「疲れただろう。シャワーでも浴びて、身体を少し温めなさい」

その間、目の前には私の顔を見ると尾を振った犬が静かに休んでいる。この静寂が、これから先の彼の不在を告げていた。

楽しかったり、笑ったりした記憶は、これから先、少しずつやって来るのだろう。

夕刻になれば、弟のバカ犬と親友のラルクが対面に戻って来る。

彼等が来るまで、私と家人と、彼で過ごした。私たち二人の生活に、彼が、あの愛くるしい瞳をしてあらわれた日から、この家は一変した。

雪の中を散歩。手前からアイス、ノボ、ラルク(写真提供:講談社)

天使がやって来たのかと思った。私たちは、彼を迎えて、さまざまなものをもらった。彼も十分、家人の愛情を受けた。

家人は彼に、さよならとは言わない。信仰のある人は、このような折に、普段の祈りの力が出る。私は言う。

「アイス、ありがとう。さよなら。これからも、おまえの分、私は仕事をするよ」

切ない冬である。

※本稿は、『君のいた時間 大人の流儀Special』(講談社)の一部を再編集したものです。


君のいた時間 大人の流儀Special』(著:伊集院静/講談社)

累計227万部を突破した大ベストセラー「大人の流儀」シリーズから特別編「君のいた時間」が発売。

ペットを飼った人が、かならず直面しなければならない別れ。伊集院氏は哀しみの淵に立ちながらも、そこで言葉を紡ぎます。
作家と愛犬の友情物語を是非御覧ください。ペットロスから立ち直るヒントが、そこにはきっとあるはずです。