父の仕事仲間は、母に「愛人とあの男がお金を使い込んだのだ。訴えて裁判をするべきだ」と言ってきた。母の方が愛人だと思っていて、驚いたという取引先の人もいた。

しかし、母は「向こうはプロです。だまされる夫が悪いのです。訴えている暇はありません。私は夫の介護に専念します」と言い、廃業した。

私は別の会社に勤めていたが、借金返済の催促は、会社にもかかってきて、一家心中するしかないと思ったこともある。困ったのは、私が会社にいない時だった。

会社にいる人に、「今月中に払ってもらわないと家を差し押さえる、と伝えてくれ」と言ってしまうのだ。会社の上司も先輩もこれには驚いていた。

驚いた理由は、ヤクザまがいの金貸しではなく、名の知れた信用金庫が、借金があるという個人情報を他人に言うことだった。バブルがはじけた後で、信用金庫も苦しかったのだろう。私が会社をクビになるように仕向けて、生活費も絶ち、家を取ろうとしているのだと思った。

私は電話に出た上司と先輩に借金の理由を話した。

すると、先輩が言った。

「お父さんは男のロマンを実現したんだよ。愛人をつくって派手に貢いで、老後は本妻に面倒をみてもらう。男の理想だなあ」

先輩の言う通りだった。

父は、「身内はどうなってもいい。他人はそうはいかない」と私に言い、いつも資金繰りに困っていて、私からもお金を借りて他人に尽くしていた。それを「江戸っ子らしい」と称える人もいたが、身内は大迷惑だった。金銭的に援助した人が、母や私にお礼を言うことがあったが、その金銭を返してくれる人はいなかった。