三人の家老を殺害したのは土方雄久だった
それでですね、初代・雄氏の「雄」がどこに由来するか?
彼のお父さんは先述した「雄久」。その一字を貰ったのでしょうね。ではこの雄久はどういう人かと調べてみると、やっと出てきました。織田信雄の重臣だったのです。
信雄は伊勢の名門、北畠家の養子となって、北畠信雄を名乗っていましたが、雄久はその頃からずっと、信雄に仕えていました。
『どうする家康』では秀吉と家康の対決の最中ですが、小牧長久手の戦いに際して、信雄は岡田重孝ら三人の家老を殺害しました。秀吉と内通した、というのがその理由です。
実はこの血なまぐさい処断を実行したのも雄久でした。