「父が亡くなって、2週間と少し。こういう状況で毎日忙しく過ごしているせいか、どうも父が亡くなったという実感がまだ湧いてこないんですよ。」(撮影=本社・中島正晶)
俳優、司会者として活躍した柳生博さんが、2022年4月16日、老衰のため亡くなりました。享年85。柳生さんが八ヶ岳の雑木林に開いたレストラン兼ギャラリー「八ヶ岳倶楽部」では、22年7月30日と31日にお別れの会が開催されることに。そこで今回、7年前から倶楽部の代表を務める次男の柳生宗助さんが、ありし日の父を語った記事を前後編にわたって配信いたします(構成=山田真理 撮影=本社・中島正晶)

父が亡くなったという実感がまだ湧いてこない

3年ぶりに行動制限のないゴールデンウィークということもあって、今日はここ「八ヶ岳倶楽部」にも多くのお客さんがいらっしゃっています。父が亡くなって、2週間と少し。こういう状況で毎日忙しく過ごしているせいか、どうも父が亡くなったという実感がまだ湧いてこないんですよ。

20年ほど前から俳優の仕事はセーブして、八ヶ岳の雑木林を中心に野良仕事をしたり、作庭をしたり。自然保護に関する講演会や執筆活動もしていました。

倶楽部には毎日のように顔を出し、「パパさん(博さんのこと)に会いにきました」というお客さんと大好きなワインを酌み交わしながら、会話を楽しんでいたものです。

田舎暮らしに車は欠かせませんが、3年前、高齢者の運転による暴走事故が取り沙汰されたのを機に、父は免許を自主返納。これまで新幹線くらいしか電車に乗ってこなかった人だから、出かけるたびに「切符はどうやって買うんだ」なんて若いスタッフに面白がって聞くんです(笑)。

でもまもなくコロナ禍となり、八ヶ岳から出ることはなくなりました。ワクチン接種のために住民票の都合で東京に行ったくらいですね。

2021年の冬頃から歩くのがおっくうになり、月に1回、近くの診療所に通う程度で、寒さもあって外へ出ることが減っていきました。亡くなる前の月は特に調子が悪そうでしたが、本人に「自宅で過ごしたい」という強い意思があったので、訪問診療を受けることにしました。