演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続ける名優たち。その人生に訪れた「3つの転機」とは――。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が訊く。第52回は人形浄瑠璃文楽太夫の竹本織太夫さん。弟子入りした咲太夫師匠は病気がちで、突然の代役を務めることも多かったそうで――。(撮影:岡本隆史)
過酷な介護も長年経験し……
咲太夫師匠はかなり病気がちの方だった。
――ええ、弟子入りして40年間というもの、僕は師匠に仕えました。だから師匠が存命中は僕、あんまり記憶が残ってないんですよ。思い出がない。毎日が大変すぎて。
ずっと師匠がご病気でしたから、突然の代役を10年以上つとめましたし、そこで鍛えられたんです。過酷な稽古と、過酷な介護生活。
師匠は身体を悪くしてから10年近く週に数回の通院生活をしていて、その送り迎えなど一日の半分は介護をしていました。
舞台の時間だけ抜けて自分の役をつとめて、師匠がもし公演を休むとなったら、翌日までに覚えなきゃならないことも。ですから生きるために食事をして、生きるために寝て、とほとんどそんな毎日でしたね。