(撮影:本社・奥西義和)
1996年『蛇を踏む』で芥川賞、2001年『センセイの鞄』で谷崎賞を受賞。その後も『三度目の恋』など多数の著書を持つ作家の川上弘美さん。人と近づくのが苦手な質(たち)だという川上さんですが、60代になり、スナックって実は面白いのでは……と思い始めたそうで――。(構成:山田真理 撮影:本社・奥西義和)

知り合いがいる場所

この小説は、題名の通り《スナック》を舞台にしています。演劇でいうシチュエーション・コメディのように場所を固定して、多様な人々が出入りすることでリズムのある会話が生まれ、いろいろなことが起きる話を書いてみたいと思ったのが始まりでした。

特にスナックという場所に馴染みがあるのでも、定期的に通う店があるわけでもありません。どちらかといえば、「お客さん同士が知り合いだなんて嫌だな」と、若い頃から避けてきた場所でした。

どんな店でも、「常連」になりかけたら逃げだしたくなるほど、私は人と近づくのが苦手な質(たち)なものですから。

ところが60代になって、スナックって実は面白いのでは、と思い始めたんです。一つには、コロナを経て人とのコミュニケーションが見直されるなか、「知り合いがいる場所」があるのは、心の拠りどころとして大事なのではないかと。

どんなスナックだったら好きかな、自分が馴染めるだろうか、と想像しながら書いたのが、司(つかさ)さんと逸子(いつこ)さんという年齢不詳のママが営む「スナックふたり」です。