「でも目の下のくまはなー……」

 マイナスにとらえる必要のないこと――さらには、未来の自分からすればきっと「悩まなくていい、好きに楽しく過ごせばいい」こと――だと想像した上で、それでも、一度気になったことを頭から剥がすのは難しい。

 退社後、綾香は十九年前の自分の明るい目元を思い出しながら最寄り駅へ続く道を歩いた。

 目の下のくまが気になりだしたのは「目の下のくまは老化のサイン!」「老け見えしみをなくす方法!」といったネット上の広告がきっかけだった。

 二年ほど前、管理職に昇進したばかりの頃で、仕事が忙しくて眠りが浅く、疲れていた時期だった。鏡に映った自分の顔に青っぽいくまや薄茶色いしみを見つけ、急に年をとった気がしたし、加齢を隠せていないのは恥ずかしいことだ、という気分になった。美容サイトを参考に、ネット上での評価が高いコンシーラーを通販で買うくせがついた。疲れた日や自信を失った日に、つい不安を紛らすように手が動く。気づけば十個を越える商品を試したが、いまだに満足のいく一品には出会えていない。余計にくまやしみが浮いて見えたり、肌になじまなかったり、乾燥して小じわができたりと、どの商品も一長一短だ。

 ――加齢を愛したいものだねえ。

 圭子の声が耳によみがえる。

 そうだ、そんな社会だったらどれだけいいだろう。

 加齢を愛し、楽しめる社会を心の底から見てみたい。でも、私たちはまだそんな領域に届いていない。体型や体毛、顔の造作、あらゆる特徴にラベルを貼って優劣を押しつける不愉快な潮流に取り巻かれている。意識せずその流れに足を絡め取られることはあるし、環境に適応するため、自ら流れに迎合せざるを得ないこともある。心が二つに裂かれているみたいで、なにを選んでも居心地が悪い。

 唯の悩みにうまく答えられなかったのは、私自身が混乱しているからだ、と綾香はため息をついた。なにしろ自分の目の下のくますら扱いかねて、ずるずると二年以上、悩みを引きずっている。

 きらめきが視界の端をかすめた。

 なんだろう、明るい。通りが明るい。光源を探して顔を上げる。

 クリスマス仕様に飾られた、百貨店のきらびやかなウィンドウディスプレイが目に飛び込んできた。