救急の最前線であらゆる精神疾患に向き合う現役精神科医である駒木爽先生。駒木先生は「医療現場の問題は正論だけで片付けられないし、精神疾患に無力感を突き付けられることも多い」と語ります。そこで今回は駒木先生の著書『精神科医おどおど日記――閉鎖病棟24時、本日当直、あらゆる精神疾患寝ずに診ます』より一部を抜粋し、「精神科のきれいごとでは済まないリアル」をお届けします。
某月某日 不貞腐れ:休職診断書、くれませんか?
朝8時半、自宅から電車(1)を乗り継いで「こころのクリニック三王子」に出勤する。救急病院が、自傷行為の危険が差し迫った人、妄想に支配されて暴れ回る人などを相手にする「嵐の航海」だとすれば、こちらは大量の乗客を運ぶ「定期航路の操船」といえる。
午前・午後40人ずつを診察し、多い日だと1日100人を超える。診察ピーク時には行列ができるラーメン屋並に患者が列を成す。午後6時に勤務が終わるころには「燃え尽きた…真っ白な灰に…(2)」なる。
灰になりかけつつある17時すぎに飛び込みでやってきたのは、20代男性の長野さん。瞼までかかる重めの前髪の彼は、4カ月前に大学を卒業したばかりの新社会人だ。
「4月に今の会社に入ったんですけど、企画部志望だったのに営業に配属されちゃったんです。しばらくがんばってたんですけど、上司には怒られてばっかりだし、お客さんのクレームも多くて、営業向いてないなって」
声の調子は暗いものの話し方はハキハキしており、思考の進みは問題なさそうだ。
(1) X県内にある自宅マンションから「こころのクリニック三王子」には電車で、「三王子病院」にはクルマで通勤している。愛車は10年ほど前、中古80万円で購入したアクア。走行距離10万キロを超えたころから加速の反応が鈍った気がするが、だましだまし乗り続けている。
(2) ボクシング漫画『あしたのジョー』の最終回に登場するセリフ。主人公の矢吹丈が、世界王者のホセ・メンドーサとの激闘の末、リング上で力尽きた姿を象徴的に表現している。作画のちばてつや氏曰く「真っ白になるまでがんばれば、新しい明日が来ると若い人に伝えたかった」。仕事で「真っ白な灰」になれれば精神科医として本望だ。