『虹の岬の喫茶店』や『おいしくて泣くとき』など、数々の心温まる名作を生み出した小説家・森沢明夫さんは、日頃の執筆の合間にスポーツクラブに通い詰めています。そこでは、風呂で滝行するおじさまやアンダーウェアのみの全身タイツなおじさまなど、ツッコミどころ満載の愛すべき利用者たちとの出会いがありました。今回は、森沢さんが遭遇した愉快な隣人たちと自らのトレーニングの日々を綴った『となりの筋トレ 小説家は見た!ジムの愉快な日々』より、一部を抜粋してお届けします。
ポカ~ンなおじさん
ジムに通っていると、仕事とまったく関係のない人と知り合って、どうでもいいようなおしゃべりを楽しめたりしますが、これこそが、ジムに行く醍醐味のひとつだとぼくは思っています。人生いろいろ、男もいろいろ、女もいろいろ、マッチョもいろいろ。
いろいろいるから愉しいのですが、しかし、たった一人だけ、どう付き合っていけばいいのか分からない方がいて、小生、困っております。
その方、おそらくぼくよりも10歳は年長だと思うのですが、何を考えているのかまったく分からんのです。
ある日のこと――。
ぼくは、その方とロッカールームで一緒になりました。すると「どうも、こんにちは!」と、ものすごく親しげな笑顔で挨拶をされたのです。そうなると当然、ぼくも同じテンションで、明るく挨拶を返すわけです。
ところが、翌日、またその方と会ったので、今度はぼくの方から「こんにちは!」と笑顔で声をかけたら、なぜか、ポカ~ンとした顔をするではありませんか。
は? あんた誰?
みたいな顔をするのです。しかも、その方、返事もせずに踵を返すと、そのまますたすた風呂場へと去っていきました。
ひとり引きつった笑顔のままロッカールームに取り残されたぼくは、我に返りました。
いやいや、ポカ~ンとしたいのは、ぼくの方でしょ!
だって、あんた、昨日は、すごく親しげに挨拶してきたじゃないのぉ!