唯川さん「目の前にそびえたつエベレストは雄大で、神々しくて。あれから約6年経った今でも鮮やかな記憶として心に残っています。」(撮影:八木沼卓《本社写真部》)
2003年に軽井沢へ拠点を移した作家の唯川恵さん。雄大な自然に惹かれて転居したものの、当初は山登りに興味がなかったそう。そんな唯川さんが、エベレスト街道トレッキングを行うまで山に夢中になった理由とは──(構成=丸山あかね 撮影=八木沼卓《本社写真部》)

田部井淳子さんの半生を書きたいと考えて

55歳で山登りに目覚め、60歳の時にエベレスト街道トレッキングに挑戦しました。

エベレストへ向かったきっかけは、女性で初めてエベレスト登頂に成功した田部井淳子さんの半生を書きたいと考えたこと。その時すでに山の世界に魅了されていた私にとって、憧れの人でした。

とはいえ小説となると、事実と虚像がないまぜになる。そんなことが許されるのだろうかと、不安を抱えながらもご本人に許可をいただくご相談に伺うことになりました。

世界一高い山に登った方なのだから、男勝りでタフな方に違いないと想像していましたが、実際の田部井さんは小柄で気さくでびっくり。後日、「どんな淳子になるのか、私も楽しませてもらいます」とご連絡をくださり、本当に嬉しかったものです。

こうして15年から「淳子のてっぺん」という小説を新聞で連載することが決まったのですが、取材を重ねるうちに、資料を読み込むだけでは足りないと思うようになりました。

エベレストへ行って、田部井さんの感じたことを少しでも味わってみたい。といっても断崖絶壁をよじ登れるわけもなく、せめてエベレストをこの目で見て感じたかったのです。

そこで目指したのが、ネパールの北東部に位置するカラパタール。カトマンズから続くエベレスト街道上にある、エベレストがいちばん美しく眺められる場所です。夫や編集者、登山家の方々、現地のスタッフなど総勢9人で、12日間かけてトレッキングをすることに決めました。