トイレで男泣き
「これは、26日に撮影した胸部のレントゲン写真です」
さらに、別のモノクロ画像をモニターに映し出します。
化学療法前の画像では、向かって左側、つまり右肺上部に直径5センチの塊、反対側の左肺にピンポン玉ほどの塊、胸骨中央寄りにおはじきぐらいの塊などが確認できました。
それが、先ほど撮ったばかりのレントゲン画像では激変していたのです。
右肺上部のがんは、ひとまわり、いやふたまわりほど小さくなっているではないですか!!
これは、本当なのか。本当に現実で起こっていることなのか。まさか、放射線治療とたった1回の化学療法が、ここまで威力があるとは……!!
恐る恐る、先生に確認しました。
「先生……、なんか、がんが小さくなってませんか?」
「そうですね。抗がん剤が効いたんですね」
ごくあっさりと、淡々と返事をする牛尾先生のお姿が、涙でみるみるかすんでいきます。
奇跡です。奇跡が起こったのです。
「ありがとうございました」
必死に涙を抑え、振り絞るようにお礼を申し上げる僕に、先生はいつもの温かい笑顔でこう告げました。
「小倉さんの場合、通常の抗がん剤と免疫療法を用いた標準治療で結果も出ていることですし、当面は今の化学療法を続けていきましょう」
「はい、どうかよろしくお願いします!!」
次の化学療法日の確認もそこそこに診察室を飛び出すと、近くの個室トイレに駆け込みました。
余命宣告された僕のがんが、ここまでやっつけられるなんて!! 嬉し涙が後から後から溢(こぼ)れ落ちます。
ポケットからスマホを取り出し、万感の思いと感謝を込めて、瑞希にメールを打ちました。
《お父さんのがん、小さくなったよ!!》
五月来てあふるる涙もてあます
※本稿は、『がん「ステージ4」から生まれ変わって いのちの歳時記』(双葉社)の一部を再編集したものです。
『がん「ステージ4」から生まれ変わって いのちの歳時記』(著:小倉一郎/双葉社)
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