自身で道を切り開くしかない

後からわかったことだが、この取材時の14年頃から、村木さんは一般職時代に7年間在籍した経理部への異動希望を出していた。ようやく16年、53歳の時にその希望が叶うのだ。一般職の時の業務とは異なり、課長として決算手続きや財務諸表の作成などの業務を担当し、指揮した。18年に55歳で役職定年を迎えた後も経理部に在籍し、23年に定年退職を迎えた。

心身の不調を経てたどり着いた経理部での経験が、定年後の歩み方に大きな影響を与えたことは言うまでもない。そうして、冒頭の語りへと続く。現在、税理士試験合格を目指し、実務経験を積みながら勉強に励む日々を送っている。

「一般職から総合職に変わって課長にもなり、新たな景色を見ることができたことはとても良かった。会社員人生の終盤になってもともと一般職で経験を積んだ経理の職務に今度は管理職として戻り、それが税理士を志すという定年後の新たな目標に発展したのですから……。人生って、ホント予想していなかった展開になるものですね。うっ、ふふ……。ただ言えるのは、先輩女性が築いた道がないという問題は、自分自身で新たな道を切り開いていくことでしか乗り越えられない、ということですね。また情熱を注げることがあって、私はラッキーだと思っています」

17年前に出会った頃の明るさが戻って安堵するとともに、今なお挑戦を続ける姿が頼もしく思えた。

※本稿は、『等身大の定年後 お金・働き方・生きがい』(光文社)の一部を再編集したものです。

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等身大の定年後 お金・働き方・生きがい』(著:奥田祥子/光文社)

日本では急速な少子高齢化の進行を背景に60歳を過ぎても働き続けることが可能な環境整備が進んでいる。

働く側も経済的理由だけでなく生きがいや健康維持などさまざまな理由で定年後の就業継続を望むケースが増えている。

本書では、再雇用、転職、フリーランス(個人事業主)、NPO法人などでの社会貢献活動、そして管理職経験者のロールモデルに乏しい女性の定年後に焦点をあて、あるがままの〈等身大〉の定年後を浮き彫りにする。