中井さんが自分で映画に出る決心をするまで、「跡取りになるよ」の話で暗示をかけなかったお祖母さまも偉いと思う。
――僕は褒められたことも甘やかされたこともない。親父のほうが僕よりずうっと上だって、言われ続けましたね。母は87で亡くなりましたけど、80を過ぎてからようやく褒めてくれるようになったんです。
僕の映画デビュー作は『連合艦隊』、特攻隊員の役でした。僕の両親の仲人は、小津安二郎先生と木下惠介先生、男二人なんですよね。小津先生はもう亡くなっていたので、木下先生には報告しなさい、って母に言われて電話をしました。
「あの、すみません、貴一です。私ちょっと映画に出ることに」って言ったら、「何言ってんの、あなた、やめなさい! なんで先に言わないの? あなたはお父さんみたいに二枚目じゃないんだから絶対にダメ」って。ひどいでしょ。僕の周りの人たちはみんなひどい(笑)。
映画を撮り終え、試写を観てくださった木下先生からその夜、電話をいただいたんです。「すみませんでした、これでやめますから」と言うと、「続けなさいよ」「はい?」「あなたお父さんより才能あるわ、頑張って続けなさい」と言って下さった。で、そこからお断りするわけにもいかず。この映画がその年の興行収入第一位になったんです。