母・敬子さんの好物の栗のパフェを食べに。甥っ子が撮影した1枚(写真提供:小川さん)

「ケア」はひとそれぞれ違うものでいい

私はドラマ『渡る世間は鬼ばかり』が好きなのですが、それぞれ異なる価値観を持つ5姉妹が登場しますよね。看護師から専業主婦になり、姑の介護にいそしむ長女がいる一方で、結婚しても我が道を行く五女もいる。

5通りの生き方がありますが、「これが正しい」という描き方はしていない。文学の言葉を使えば「ポリフォニー(多声性)」ですね。どの生き方もありだと認めることが、対話の第一歩だと思うのです。

「物語の力」も、私と母の対話を助けてくれました。病気の影響で料理や車の運転などができなくなり、母がどんどん自信を失っていった時期のこと。

私が母に語ったのは『不思議の国のアリス』です。アリスは体が大きくなったり小さくなったりしますが、どんな体になっても彼女がアリスである事実は変わりません。

同じように、母の体がどう変化しようとも母は母である。そんな話をすると、母は納得し、少し安心したようでした。

またある時は、自分の今後の経過を恐れた母が、「こんな身体になったら希望もない。お父さんのところへ行きたい」と自暴自棄になったことも。

ボルヘスの短編「隠れた奇跡」の登場人物が、劇の執筆に夢中になることで死の恐怖を遠ざけた話をすると、母は目を輝かせて、熱心に聞いてくれました。対話は共同作業ですから、聞き手の役割も重要。私の母は、娘の専門分野の話をいつでも興味深く聞いてくれます。