私たち母娘にとっては文学でしたが、ドラマやアニメでもいい。「物語」を第三者として介護する側とされる側の間に挟むと、意図が先入観なく伝わりますし、対話も深まるように思います。

介護がはじまった当初は、「いくら英文学を学んでも、病気の前では役に立たないんだ」と、自分の無力さにショックを受けていたこともありました。

けれど、これまでの研究を無駄にするなんてもったいない。母のケアと文学とを結びつけて考えるようになり、介護の日々をまとめた書籍『ゆっくり歩く』も昨年上梓しました。

私が現在実践しているのは、直接の触れ合いをともなう「ケア・フォー」ですが、離れて暮らしていて、直接会って話すのが難しければ、電話でもいいと思います。

思い出話をして過去を共有したり、親自身の記憶の話を聞くことも、その人にしかできない大事な「ケア」。このように、ケアというものはひとそれぞれ違うものであっていいのだ、というのが私の実感です。

そして親と時間を共有するなかで、介護する側にも喜びが生まれたら、それはすばらしいことではないでしょうか。私たち母娘の例が、介護する側、される側双方にとって負担のない介護のあり方を探るヒントになれば幸いです。

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