医者の招聘

村による寺子屋師匠招聘と似ているのが、医者の招聘である。幕府・諸藩は民衆に対する体系的な医療制度をもっておらず、公立病院や医療保険制度などはなかった。村人たちは、病にかかったとき、従来は村の鎮守(村の守り神)に平癒祈願をするなど、宗教的・呪術的な方法で治そうとしていたが、しだいに医者にかかり、薬を飲むことが増えてきた。

すると、村に医者がいてほしいという願いが強まり、それに応えて、村が村外から医者を招聘したのである。村による、自主的な無医村解消策といえるだろう。

(写真提供:Photo AC)

村は、老人・病人・孤児などの社会的弱者・困窮者に対する保護・救済機能をもっていた。疾病・負傷・障害・老齢などで困難な状況の村人に対しては、まず家族や親族が看護・介護した。しかし、経済的理由などにより、家族・親族だけでは対応が困難な場合もある。そのときは、五人組・親類・同族団、さらには村が援助の手をさしのべた。さまざまな地縁的・血縁的集団が、相互に補完し合いながら、重層的に相互扶助を実現していたのである。

経済的に援助が必要な家や人に対しては、村の金を支給または貸与したり、村が仕事を世話したりした。川べりの村では、村人を対岸に渡す船頭の仕事を、困窮した村人に務めさせることがあったし、村内の連絡係を任せる場合もあった。いずれも、村が雇用を創出することで、村人の生活を保障したのである。