でもそれだけじゃなかった。二人きりになると、「私の病気は重いの?」「これからどうなるの?」と私ばかり質問攻めにするのです。これはきついものがありました。私は「胆嚢炎だと言ってるじゃないの」と宥めましたが、母は真実を知っていたのだと思います。だから病名を尋ねず、代わりに「死んだらどうなるの?」と問うてきたのでしょう。
私が一度、「きっと治る。でも、誰だっていつかは死ぬのだから、死について考えてみるチャンスかもね」と明るく答えて、自分としては何とかしたつもりになっていたら、号泣されてしまいました。そして翌日には再び、「死んだら消えてしまうの?」と問い詰めるのですからたまりません。
そんなやりとりを続けるうち、私が「死んでも魂は消えないから大丈夫。天国の服に着替えるだけの話よ」と伝えると、「あ、柄違いね」と言ったことがあります。「決めた。私はお星さまになる」という言葉が飛び出したことも。
亡くなる3日前には、「会うと悲しくなるから、もう誰にも来てほしくない」と言うようになりました。お見舞いに訪れた人と最期の別れになると思うのが耐えられなかったのでしょう。結局、それが私と交わした最後の言葉に……。意識が戻らないまま大勢の親戚に囲まれ、眠るように逝ってしまいました。
宥めようとする私を受け入れ、「わかった」と言ってくれたら、私自身もつらさから解放され、救われたでしょう。でも、その言葉はついに聞けなかった。
世の中にはきっと、黙って静かに死を受け入れる人もいるでしょう。でもそれは本当に強い人なのだと思います。20年前の私にもっと人間力が備わっていたら、怯える母に心の安寧を与えられたかもしれない。後悔は今も消えることはありませんね。
