オシャレ「だった」稲垣さん?

でももちろんそういうわけにもいかないし、ああ人様は一体こんな私のことをどのように見ているのかと気にならないわけじゃなかったある日、とある知人にこの服をがっさり減らした顛末を面白おかしく話していたら、ウンウンとうなずいた彼女は、こうのたもうた。

「そう私、びっくりしてたんですよ。あのオシャレだった稲垣さんがって!」

なぬ? オシャレ「だった」? 過去形? じゃあ今はどうなんだ? やっぱり私、そんなふうに見えてたのか? いきなり外見に構わない人になったと? いやいやいや違うんですー。

しかしそんなことを口でいくら言ったとて詮無いこと。人様が他人をどう見ようとも自由である。私は間違いなく、彼女の目には客観的にそう見えているのだ。いわんや、他の人をや。

私の気持ちは再び、暗く沈んだのであった。

ああこれでまた、振り出しに戻ってしまったのだろうか。「失うことは惨めじゃない」「むしろオシャレかも!」とセルフ洗脳に成功したはずだった。でも自分は洗脳できても他人のアタマを洗脳することはできない。くだんの知人の一言には何の悪気もなく、むしろそこまで自分を変えられてスゴイという褒め言葉だったと思われるだけに、なかなかに堪えた。つまりは客観的に、私は間違いなく「オシャレをやめた」と見られているのだ。

とはいえ。

落ち込んだところでないものはないんだよ!

となれば、悩んだって仕方がない。とりあえずは「深く考えない」という消極的作戦で事態をやり過ごすことにしたのである。

※本稿は、『買わない生活』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。

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買わない生活』(著:稲垣えみ子/東洋経済新報社)

幸せになるために、「買うこと」に命をかけてきた著者が、50歳で会社を辞めたことをきっかけにはじめた「買わない生活」。

稲垣氏が「買わない生活」を通して見つけた「真の幸せ」「お金に代わる人生の意味」とは――。

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