「毎朝2時起きで新聞配達をしましたけど、子どもの給食費を払えんこともありました」と渋い顔で語る勝さんの隣で、「財布の中に10円玉だけということもしょっちゅう。でも、あの頃は苦労を苦労だと思わんかった」と明るく笑う陽子さん。
しかし、70代まで清掃の仕事を続け、病気の夫を支えた日々は、決して楽ではなかっただろう。
ミシンを始めた当初も貯蓄はなく、頼みの年金は夫婦合わせても7万円ほど。趣味に使えるお金などあるはずもない。千里さんは、勝さんの創作意欲と、陽子さんやきょうだいからの「ミシンを続けさせてほしい」という期待を背負い、材料費の捻出に頭を悩ますことになる。
「父はすでに、完成度の高いバッグや財布を作るようになっていました。そこで三姉妹で相談し、新型コロナウイルスの給付金から5万円ずつ出し合って、新品の布を買ってあげることにしたんです。『これだけ大量にあれば何日も縫えるから満足して死ぬだろう』なんて、罰当たりなことを言いながら(笑)」
でき上がった作品は、齋藤さん一家が通う教会のお店に置いてもらったほか、ハンドメイドサイトやネットオークションにも出品した。しかし、まったく売れない日々が続く。