『新装版-寂聴 般若心経-生きるとは』(著:瀬戸内寂聴/中央公論新社)

入院直後はとにかく全身が痛くて、身動きもできない状態。まぶたが腫れているから、読み書きもできません。顔の傷は紫色から青、赤、黒と変色して、目も当てられない。やっと治ってきましたが、鏡を見て「なにかおかしいな」と思ったら、眉毛が片方なくなっているんです。(笑)

リハビリと脚の治療を終え無事退院しましたが、さすがに夜中に一人でいるのは危ないということで、交替でスタッフの誰かが泊まってくれるようになりました。ですから今は、夜も安心して過ごせます。執筆も再開していますし、こうして取材を受けられるくらい元気になりました。

たしかに、まったくつらくなくなったと言えば嘘になります。スタッフはみんな、とてもよくやってくれるけれど、痛みを代わってもらうことはできませんしね。でも私は今、とても幸せですよ。原稿が書けるし、本はいくらでも読めますから。

歳を重ねれば、なにかしら体に悪いところが出てきます。私も90歳頃から、腰椎圧迫骨折や胆のうがんの手術などで、何度も入院しています。もちろん痛みで苦しんでいる時は、「神も仏もあるものか」といった気持ちにもなる。でも快復すると、また心が元気になるのです。

人間、悪いところや失ったもの、手に入らないものを数え出したらきりがありません。逆に、今持っているものに目を向けると、それが幸福につながるはず。

私は今、目が見えて、書くことができるので、それで満足。片方の耳はかなり遠くて補聴器が必要ですし、若い頃のようにさっさと歩けませんから多少は不便を感じるけれど、ちっとも不幸せではないと思います。私にとって、本が読めて原稿が書けるというのは、本当に幸せなことです。