田山幸憲さん(『ベスト・オブ・パチプロ日記 上』より)

「時効寸前で逮捕される犯罪者の心境がよく分かる」

2000年5月8日の「パチプロ日記」に、こう書かれています。

——東大病院へ行ったが、結果は凶と出た。そう、舌ガンの再発。動かし難い事実だ。ある程度まで覚悟していたこととはいえ、やはりこの現実は手厳しい。「残念ですが、前の病気が再発しています」と医師に言われた時、一瞬頭がクラクラッとするようなショックを受けた。てっきり逃げ切ったつもりでいたのだが……。まあ、あれだけムチャクチャな生活をして来たのだから、こうなっても仕方がない。時効寸前で逮捕される犯罪者の心境がよく分かる。やんぬるかなの思い。

ガンは、治療後5年経って再発しなければ、治癒したと言われていました。5年経過まであと数ヵ月でした。「時効寸前で逮捕される犯罪者の心境がよく分かる」と書く、田山さんの悔しい気持ちがよくわかります。

田山さんは、再び手術を受けるものと思っていましたが、今回は頑なに手術を拒んでいました。前回の手術が過酷なものだったこともあるのですが、今回の手術はさらに大変で、治ったとしても食べることも話すことも困難になることが予想されました。そんなことになるのなら、残りの人生を放棄すると言う田山さんに、医師は放射線と抗ガン剤治療を勧め、田山さんはそれを受け入れます。

かくして田山さんは、東大病院の分院のほうに入院し、田山さんのパチンコ仲間や編集者やライターなどが、見舞いに押しかけるようになります。ぼくも何回か行ったのですが、7月の初めに美子ちゃんと一緒に行った時のことが、一番印象に残っています。

病室の田山さんを尋ねると、「外に出ようか」と言うので、病院の庭を3人で歩きました。紫陽花(あじさい)が萎れかけているのを見た田山さんが、「紫陽花が萎れているね」と言うので、「紫陽花の季節はもう終わりですよ」と言うと、「じゃあ梅雨も終わりなんだよ」と言いました。何でもない会話だけど、妙に心に残っています。「紫陽花が萎れている」と「梅雨が明ける」という言葉が、生か死かどっちに向かうかわからない田山さんの心境を表しているように思えました。