人前に立つと緊張してしまう

思い返せば、2011年には家族の縁を感じる偶然の出来事もあって。3月11日、東日本大震災の時、弟が東京・四季劇場「秋」で『サウンド・オブ・ミュージック』に子役として出演していて、それを両親と祖母と一緒に観ていたんです。

その時、姉は隣の四季劇場「春」で『ライオンキング』に出演中。地震があった14時46分はまさに公演の最中でしたが、役者の方たちはギリギリまで演技を続けていらっしゃって、今でもその光景が目に焼き付いています。結局舞台はそのまま中止になり、奇(く)しくも家族全員が合流することができた僕らは、劇場に一泊させていただきました。

僕は、子役時代からあまり途切れることなく舞台に立っているので、順風満帆のように思われますが、挫折ばかりだったと感じています。なにせ僕は、人前に立つと緊張する性質で、人見知り。30歳になってようやく、いろんな人とつき合わないといけないなぁ、なんて思うようになりました。学生時代も《学園のアイドル》的存在ではなかったですし。ただ、姉の影響もあって、ずっとミュージカルごっこばかりして遊んでいました。

所属していた劇団四季では小学1年生から6年間、基礎を学ばせていただいていろんなことを教わり、それが糧になっています。ただ「親の反対を押し切ってこの世界に飛び込んできた!」というような方のエネルギーとかアグレッシブさは、すごいな、と圧倒される時はありますね。僕は気づいたらそこにいた、という感覚なので……。

とはいえ今でもオーディションは苦手ですし、たくさん落ちてもきました。プリンシパルとしてキャスティングされるようになってきたのは、25歳あたりから。この世界では遅咲きなんです。些細な言葉に傷ついたり、この仕事は向いていないんじゃないかと悩んだこともあります。

正統派と言われるきっかけになった『レ・ミゼラブル』のマリウス役も、オーディションの1回目で受かったわけではありません。何回も落ちましたが、この世界の先輩が「お前ならできる」と言ってくれて踏ん張れたところがあります。それに姉や弟も舞台に立つという仕事をしていて、周りの理解者には恵まれている人間だと思います。

作品のたびに壁にぶち当たって、深く落ち込んでしまうことはしょっちゅうですが、なんとか乗り越えられたのは、本当に周囲の人たちのおかげです。