『老いの福袋』(樋口恵子・中央公論新社)

「ドアを開けてください。立てなくなりましたァ!」

あぁ、それなのに5年ほど前、またしても同じ轍を踏むことになるとは!

お悔み事があって娘と一緒に地方へ出かけ、帰りにトイレを拝借しようかと思ったのですが、見るからに典型的な日本建築。もしかして和式かもしれないと思い、我慢して近くのスーパーマーケットに行くことにしたのです。思えばこれが痛恨の判断ミスでした。

二つあったトイレは、なんとどちらも和式。でも自然の呼び声が差し迫っていたので、とるものもとりあえず用を足しました。そのあと、やっぱり立てない!

足は痛くなるし、個室の壁面はツルツル真っ平らで、掴む場所はどこにもありません。そのとき、コツコツと生意気そうなハイヒールの音が近づいてきました。長いので心配して見に来た娘なのか。

「ヒグチさ~ん! ヒグチさんだったら、このドアを開けてください。立てなくなりましたァ!」と大声をあげました。ややあって鍵を開けてあったドアが開き、仁王立ちしている娘の姿が。しょっちゅうバトルを繰り広げている親子ですが、このときばかりは娘の《仏頂面》が《仏様》のご尊顔に見えました。