「もう陸上をやめよう。そんな私を救ってくれたのは高校時代の恩師、安田先生の『負けたことに負けるな』というメッセージでした。」

「負けたことに負けるな」と

理容の国家試験とインターハイの日程が重なってしまったことで、私はインターハイに出て陸上を続けることを選び、実業団の選手となりました。当時はマラソンが何km走る競技かも知らなかったし、テレビで試合を見たこともなかった。

鈴木博美さんや高橋尚子さんを育てた小出義雄監督から声をかけていただいたときも、「この気さくなオジサンは誰だろう?」としか思わないほど、陸上に関して疎かったんです。(笑)

自由な気風のワコールは、私に合っていました。陸上部の部長は塚本社長(現会長)で、長年にわたって愛情深くサポートしていただきましたが、当時の私がワコールを選んだ一番の理由は、正社員での採用だったこと。

高校卒業後も四六時中走るだけの人生なんて、軍隊みたいでとても続けられそうになかった(笑)。実際、朝練をしてから出社し、午後も練習、という生活が始まりました。

順調な滑り出しでしたね。入社3年目で3000mと5000mで日本記録を更新。5000mでは日本女子で初の14分台を出し、日本選手権の10000mでも優勝しました。左膝のじん帯断裂という大怪我を負うもなんとか復活し、アテネオリンピックの10000m代表に選ばれました。

でも、このアテネで大失敗。27人中26位に終わりました。自己ベストより3分近く遅かったんだから、気分はどん底ですよ。オリンピックへの憧れはなかったのに、代表に決まってから結果を出したくて、力んでしまったんだと思います。

もう陸上をやめよう。そんな私を救ってくれたのは高校時代の恩師、安田先生の「負けたことに負けるな」というメッセージでした。本当にいい言葉ですよね。このまま負けっぱなしでは終われない。そう思うことができました。