何もしないって約束

30歳を半分ほど過ぎた頃のことだった。デパートの売場勤務は1年に1回くらい替わるそうで、その頃の由紀さんは、婦人雑貨売場に勤めていた。

事務をしている女性の誕生日プレゼントを買いに来た自動車販売業を営む「その人」が、「何をプレゼントしたらいいか」と由紀さんに声をかけてきた。

『大人処女ーー彼女たちの選択には理由がある』(著:家田荘子/祥伝社新書)

「それからのち、何回も売場に来て、そのたび、『お茶でも飲みに行きませんか?』って誘ってくるんです。すごく優しくて、シャイな人で、タイプと言えばタイプだったんですが、それでも半年くらい断り続けました」

「お酒飲みに行かない?」「お茶だけでもいいから行かない?」「ご飯だけでいいから行かない?」と、10歳年上の社長は、断っても断っても誘ってくる。

「いやぁ……。でも……。ほんとに何もしません?」
「何もしないよ。お茶飲むだけでしょ?」
「何もしないって約束しないと私はヤです」
「ほんとに食事するだけです。約束します」

彼が売場を訪れるたび、こういう会話が交わされること半年、ついに由紀さんは根負けして、お茶につきあうようになった。それも、たったの月に1回の割合だった。それでもこのまま続いたら、いずれつきあうことになると、由紀さんは考えなかったのだろうか。

「(その時は)まだ考えてない」

由紀さんは、あっさりと言った。