手を握るまでに1年

「あの時まだ30歳。あと4、5年で母親の年齢を超えることができるから。それを超えれば、私が自分のなかで一息つけると思ってたんです。子供を産んだら私も死ぬんじゃないかっていう不安が、私の頭のなかにずーっとあって、そういう行為をすること自体が怖かったんです」

彼は経営者というわりには、由紀さんに対してはとてもシャイな人で、はじめてお茶をしてから手を握るまでに1年もかかったという。

「おそるおそる手を握ってきたんですね。だから私も応じることができたんだと思うんですよ」

月に1回のお茶や食事が月2回、月3回と増えていく。それでも彼は食事だけで、必ず由紀さんを実家の近くまで送り、「じゃあ、気をつけて」と言い残して帰っていく。

初キスをしたのは、手をはじめて握られてから、さらに1年後だった。つまり、出逢いから2年半かかったことになる。しかも、そのキスは「ほっぺにチュッてしてくれた」というだけのキスだった。

「彼はとても優しくて、食事に行っても椅子を引いてくれたり、ドアを開けてくれたり、音楽が好きな私のためにコンサートにも連れて行ってくれたり……ホテルへ行こうとはけっして言う人ではなかったです。だから私は、長くつきあっていけたんだと思うんですね」