(イラスト:古村燿子)
自身の終末期について、「延命治療はしたくない」「痛い思いをせずに命を終えたい」という希望を持っている人も少なくないでしょう。しかし、思っているだけでは願いは叶えられません。何をどう決め、家族にどう伝えるか。多くの終末期患者を在宅で看取った医師が、その方法と大切さを教えます(構成:菊池亜希子 撮影:高岡弘 イラスト:古村燿子)

死ぬ間際をどう過ごす?一筆書くことの重要性

「終活」が当たり前になってずいぶん時間が経ちました。「死」がタブー視されなくなったことは喜ばしいものの、終活というと遺産配分や葬式の段取りなど、あくまでも死んだ後の諸々が主になっているのが、私には少々残念です。

そもそもみなさんは、自身の死の間際について考えてみたことがありますか。

日本には昔から「畳の上で死にたい」という死生観が根づいています。これは、点滴やチューブに繋がれることなく、死の直前まで、少しずつでも自分で食べ、言葉を発し、人間らしく生きて自然に最期を迎えることを意味するもの。今で言う「尊厳死」、また「自然死」「平穏死」とも表現されます。

突然死や事故死などの例外を除き、人はみな、「終末期」を経て死に至るもの。そのとき、どこにいたいか、どう過ごしたいかを考え、文章にしておかないと、今の日本では本人の意思とは異なる医療行為が続けられる可能性が高い。

多くの病院では、少しでも長く患者を「生かす」ための治療がなされます。脱水を起こさないよう水分を点滴し、誤嚥しないよう胃ろうや経鼻チューブで人工的に栄養を入れる。

さらに、自発呼吸を助けるために気管切開して人工呼吸に。結果、体は管だらけになり、食べることも意思疎通もできず、悶えるほどの痛みとともに生かされているだけの状態になっていく。

しかし医師は「生かす」医療を担っていますから、この状態をやめさせられるのは、患者本人の意思だけなのです。