(撮影:福森クニヒロ)
30代初めに出合った植物学の本に魅了され、コツコツと訳し続けてきた翻訳家の小川洋子さん。紀元前の書物をひもとき、自らも植物を探究してきた情熱の原点とは――。(構成:和田秀子 撮影:福森クニヒロ)

前編よりつづく

ギリシアで念願の植物に出合い小躍り

翻訳作業を進めるなかで驚かされたことはいくつもあります。たとえば、顕微鏡がない時代に、テオプラストスが驚くほど正確な観察をし、深い洞察力を持っていたこともその一つ。なかには2000年以上も後の理論を先取りした発見もありました。

しかも、彼は自分がわからないことは、将来の課題だと繰り返し、無理に断定しません。迷信や怪しげな説話を信じることなく、「~と言われている」と伝文体で記し、事実と区別しました。

自分の想像で説明するのではなく、あくまで「見たもの」から考える姿勢はじつに科学的。ですから古代の本なのに、まったく古さを感じさせないのです。

『植物誌』を読みはじめてから、どこを歩いても植物を見る楽しみが何倍にも増えました。翻訳で迷うことがあると植物園に足を運び、実際に見て確かめます。小さなスケッチブックと絵の具付きパレットを持ち歩き、スケッチするようにもなりました。

私が絵を描くようになったのは、夫の転勤で京都に移り住んだ当初、「何かはじめよう」と思って日本画を習いはじめたのがきっかけ。気づけば15年ほど続けていましたが、それが思わぬところで役に立ちました。

植物を見る時は写真も撮りますが、スケッチするほうが細部の理解が深まります。たとえば、めしべの先が2つに分かれているといった細かな違いは、注意して描くので、あとで見て、わかりやすいこともあるのです。