虐待による、心と体の「過剰な反応」とは?
幼い頃から、虐待や過度な恐怖の中で育った子どもたちは、「安心する」という感覚そのものを、ほとんど体験することができません。
いつも親の顔色をうかがい、特に母親や父親の機嫌がほんの少しでも変われば、「何かされるかもしれない」と、命の危険すら感じるほどに、身を縮めて過ごします。
そんな日々の中で、脳の中にある「扁桃体(へんとうたい)」という、恐怖や危険を感知する場所が、常にフル稼働し続けるようになります。結果として、心臓も、呼吸も、内臓も、筋肉までもが、ほんの小さな刺激にさえ「戦うか逃げるか」のスイッチを入れてしまう。
光がまぶしすぎる。音が刺さるように耳に入る。誰かのちょっとした視線や気配で息苦しくなる。そんなふうに、日常の些細な感覚すべてが、「危険」として体に伝わってしまうのです。
けれど、どれだけ頑張って耐えていても、限界はいつかやってきます。それに耐えきれなくなったとき、心と体は、ある日、突然シャットダウンしてしまう。呼吸が苦しくなる。動悸が激しくなる。頭が真っ白になって、体が動かなくなる――。
これは「解離反応」や「フリーズ(凍りつき)」と呼ばれる現象です。本来の自分を守るために、脳と神経が、「感じること」を遮断しようとする。そんな、命を守るためのサバイバル反応なのです。
この反応が慢性化すると、「複雑性PTSD」や「解離性障害」と呼ばれる状態に至ることもあります。生活全体が過緊張に覆われ、何でもない場面でも消耗しやすくなったり、人と関わることが怖くなったり、感情そのものが麻痺してしまったりします。引きこもりやうつ、自己否定感の強さも、こうした過程の延長線上にあるのです。
そして、最も深刻なのは——本人が、「こんなふうになったのは、自分が弱いからだ」と、自分を責めてしまうこと。
でも、それは違います。あなたの心も、あなたの体も、あの過酷な環境の中で必死に無理をしながら、あなたを守ろうとしていたのです。
生きのびるために、どうしても必要だった反応。それが、今もあなたの中で続いているだけなのです。
※本稿は、『かくれトラウマ 生きづらさはどこで生まれたのか』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。
『かくれトラウマ - 生きづらさはどこで生まれたのか』(著:井上陽平/ワニブックス)
「かくれトラウマ」とは、記憶としては思い出せなくても、体と神経系が覚えているトラウマ反応のこと。
過緊張、疲れやすさ、人の目が気になる感覚、人間関係を避けてしまう反応――それらはすべて、かつてあなたが生きのびるために身につけた「生存戦略」なのです。
本書では、
・なぜ体が常に緊張してしまうのか
・なぜ安心しようとすると余計に疲れてしまうのか
・なぜ人と関わることが怖くなるのか
その理由を、神経系と身体感覚の視点から、専門用語をできるだけ使わず、やさしく解き明かしていきます。
そして、無理に前向きにならなくてもいい、過去を思い出さなくてもいい、「安心が体に戻ってくる」ための22の小さなレッスンをお伝えします。
「かくれトラウマ」によって心の奥に隠れてしまった“本来のあなた”を、少しずつ取り戻すために。
大丈夫。あなたには、あなたを回復へ導く力が、ちゃんと眠っています。




