私は泣きじゃくる麻子を椅子に座らせ、懸命に背中をさすってやった。
「大丈夫。大丈夫よ、麻子」
「お母さん、ごめんなさい。私、全然駄目で……部屋から出てもなんにもできなくて」
「麻子。謝らなくていいの。大丈夫。ゆっくりでいいの。この前はコンロのお掃除ができた。今日はお料理ができたでしょ。ね。無理しなくていい。できることをすこしずつやっていけばいいから」
「お母さん、ごめんなさい。私、もう三十なのに……他の子はみんなちゃんと働いて、結婚して、子供産んでる人もいるのに……」
「他の子のことなんか気にしなくていいの。他人と比べる必要なんてない。麻子は麻子。それだけで充分」
「お母さん、ごめんなさい」
麻子は声を上げて泣きじゃくった。自分が泣いてはいけないと思いながらも私も涙が溢れてきた。
「……謝らなくていいから。大丈夫。すこしずつ、すこしずつ元気になればいい」
自分がもっと早く気付いていたら。こんなにもボロボロになるまで、いい子でいようとしていたなんて――。
無理をしなくていい。一生部屋に引きこもっていてもいい。悪いのはお母さん。だから、お母さんが面倒を見てあげるから――。
そんなふうに言ってあげられたらどんなに楽だろうか。でも、言えない。私が死んだ後、この子はどうなるのだろう。生きていく力を取り戻す手伝いをしなければならない。それが親の務めなのだから。
出典=WEBオリジナル
遠田潤子
作家
1966年大阪府生まれ。関西大学文学部独逸文学科卒業。2009年『月桃夜』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。『雪の鉄樹』が「本の雑誌が選ぶ2016年度文庫ベスト10』第1位、『オブリヴィオン』が「本の雑誌が選ぶ2017年度ベスト10」第1位に輝く。『冬雷』で第1回未来屋小説大賞、25年『ミナミの春』で山田風太郎賞を受賞。他の著書に『銀花の蔵』『イオカステの揺籃』『天上の火焔』などがある。
