「かわいい」と評判の看護服
りん役の見上愛さんと、直美役の上坂樹里さんが会見で「袖を通した時に気が引き締まった」と話していたのが看護服だ。
看護服の起源は中世にさかのぼるとされる。修道女が修道服で病人を看護していたことがその始まりと考えられている。その後、19世紀後半、イギリスのナイチンゲールをはじめとする看護婦は、長袖の丈の長いワンピースの上に、袖なしの白いエプロンを着け、帽子を着用し、活動していた。
『風、薫る』では、看護婦見習いの衣装は、紺色のワンピースに襟と袖が白色。梅岡看護婦養成所のモデルとなる桜井女学校附属看護婦養成所の写真に映る学生たちの服を参考にデザインした。白い襟と袖は取り外し可能。これは、看護考証の川原由佳里さんからの指摘でデザインに加えたものだ。上田さんは「清潔を保てるように、襟と袖、エプロンは洗っている設定です。りんや直美たちは看護婦詰所に入る時には、常にエプロンを外してエプロン掛けにかけている。衣装によって、お芝居も変わってくるんですよ」と話す。
頭に付けている白いナースキャップは、レースがついた可愛らしいデザイン。「現場では『バブ』と呼ばれていました。ナイチンゲールも白いレースを着用した写真が残っています。日本の看護服にそのデザインが伝わっていたら面白いなとあえて取り入れました」(上田さん)。
正規の看護婦として帝都医大病院で働き始めたりんと直美。白い看護帽をかぶり、白いワンピースの制服に。上田さんは、「モチーフとなる大関和と鈴木雅の写真を参考にデザインしました。りんと直美は白い看護服に草履です。当時はブーツの人もいましたが、彼女たちにはなじみがないこと、靴を脱ぐ機会も多いことを考慮して、足元は草履にしました」と明かす。
白い看護帽は、三角巾を参考にデザイン。髪の毛を中に入れることができ、後ろでリボンを結ぶことができる。「この当時、海外の看護婦さんは白い制服にベルトをしていて、ハサミなどの道具をぶら下げていた人もいました。ただ、りんや直美たちは看護婦として働き始めたばかりなので、特に道具はつけませんでした」と説明する。
明治前半は近代医療や近代看護の黎明期だけに、直美やりん、医師たちの服装もどんどん変化していく。社会全体としても洋装が広まりつつあった。那須で暮らしている時には、着物姿だったりんの幼なじみ・虎太郎は上京後の第60回では銀座の製薬会社で働き、ハットをかぶってスーツ姿になっていた。
ドラマも折り返し地点。ここからますます医療や看護が発展していくとともに、登場人物の装いも変化していく。衣裳から明治時代の空気を感じてみては。