マイナーのままで、メジャーになった竹中さん。第1の転機は竹中さんを世に出した人力舎の玉川氏との出会い。第2は『無能の人』と、岩松了さんと、『秀吉』で充実した30代、にまとめましょうか。で、第3の転機は?

――69歳にして紀伊國屋演劇賞個人賞いただいて、自分がまだ演劇を続けていく勇気を頂きました。

大好きな倉持裕さんの作・演出で、生瀬勝久さんと作った竹生企画第四回公演『マイクロバスと安定』(25年)で賞をいただけるなんて思ってもいませんでした。紀伊國屋ホールは僕が『写楽考』を演じた憧れの劇場。いまだ自分に自信の持てない僕を勇気づけて下さった賞です。

矢代静一さんの描いた『写楽考』も今演じたらどうなるんだろうとも思います。再びあの紀伊國屋ホールで。種田山頭火も映画にしたい。タイトルは「分け入っても分け入っても青い山」。今、準備をしてます。舞台で内田百けん、ゴッホも……。

 

まさにマイナーでメジャーな人物ばっかり。竹中さんにぴったりな人たちですね。期待しております。

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