「今日も世のため人のため」
私が言ったことは本心であり、改めて思い出させてもらったことでもあった。
ほんの1、2分。信号を一緒に渡っただけ。
ほんの数言。短い会話をしただけ。
それだけで、一生なんて言ってもらえるなんて。
この日出会ったご老人に、当たり障りない表面上のことしか言えない自分じゃなくてよかったと思った。
「世のため人のため」
祖父の口癖が頭に浮かんだ。
祖父は私が幼い頃に倒れてずっと寝たきりだったから、直接聞いた覚えはないけれど、毎朝玄関から出て、太陽に向かって手を合わせながら「お天道様に感謝。今日も世のため人のため」と言っていたらしい。
直接聞いたことはないのに、私は祖父の口癖だと知っている。祖母や父からよく聞いていたから。
そんな大それたことは自分には出来ないと思っていたけど。
自分のしてきた経験は、抱えてきた気持ちは、誰かのためになることもあるのかもしれない。
エゴかもしれないけれど、少なくとも、今日は役に立ったように感じる。
何年も経った。
思い出しても辛くなることはもうない。あんなに悲しかったのに、ちゃんと越えられたんだなぁとも思えた。
祖母より先にいってしまった人を久しぶりに想いながら、劇場に向かった。
※本稿は、『今日も、自分を生きる練習』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
『今日も、自分を生きる練習』(著:佐津川愛美/幻冬舎)
映画『蟬しぐれ』(「蝉」は正しくは旧字)でスクリーンデビュー以来、数々の作品で印象的な役を演じてきた佐津川愛美さん。
本書は、30代後半を迎えた佐津川さんが、「演じる」ことと「生きる」ことのあいだで揺れながら、自分自身の輪郭を見つめ直した軌跡を綴った一冊です。




