打撃は不確かなもの。そう悟ったからこそ……

もうひとつ残念だったのは、渡辺久信さんに迷惑をかけてしまったことです。

2009年、連覇を狙ったチームは4位に転落し、Bクラスとなった。

序盤には首位にも立ちましたが、この年は接戦に弱かった。

サヨナラ負けだけでも14試合もあった。

投手は、涌井秀章が16勝を挙げて最多勝。沢村賞まで獲りました。

打撃でも、4番のおかわりが48本塁打でホームラン王を獲得。

他にも、岸孝之が13勝、中島裕之(現・宏之)さんが最多安打、片岡易之(現・保幸)さんが盗塁王と、個々の成績は前年以上に素晴らしかった。それだけに、僕がもう少し間をつなぐ働きができれば「あと1点」をもぎ取れたのかもしれません。

シーズン106三振は、25年の中でも自己最多でした。

それが最たるものですが、自分の中で悔いが残る打席がものすごく多かった。ヒットが打てないにしても、せめてチームに何かプラスをもたらせなかったのか、と。

「なんでだろう」
「どこでこうなったんだろう」

シーズンが終わってもまだ、いいときのイメージを探すことばかり考えていました。

年が明けたあと、春季キャンプでも試行錯誤してみた。でも、まったく糸口はつかめなかった。「打撃は不確かなもの」という考えに至れたのは、ずっとあとのことでした。

栗山巧
写真/水上俊介

このときは、まったく違う考えから「いいとき」を追うのをやめました。

渡辺さんにこれ以上、迷惑をかけられない。

いい打撃ができなくてもいい。シーズンの最初から最後まで力になれるように、波の少ない打者になろう。2010年の開幕直前、僕はひとつの目標を立てました。

「フォアボールと三振の数を絶対に逆にしよう」

意味のある三振なんてありえない、とは思いません。でもやはり、三振が多いシーズンは「自分がチームの歯車になれていない」という感覚が強くありました。いくら他の打席で長打が出たとしても、2番打者の自分が攻撃の流れを途切れさせてしまうのは、チームにとってよくないと感じていました。逆にフォアボールは、ヒットと変わらないうえに、相手投手に多くの投球を強いる。言うまでもないことですが、チームにいろいろなプラスをもたらすことができます。

毎年3割を打てるかといったら、難しいところもある。

でも「三振を減らす、フォアボールを増やす」は意識ひとつで何とかなる。

フォアボールはボール球を振らなければいい。

三振はバットに当てれば防げる。

それを意識して、バッティングをつくり直しました。

いいときと同じように、と考えるよりも、はるかに簡単だと僕は感じた。

田邊さんがかつて教えてくださった「ボールを長く見て、左方向に打つ」。

そこに立ち返ればよかったのです。