阪神・淡路大震災の経験
小学5年生のころ、僕は阪神・淡路大震災を経験しました。
当時の自宅は、激甚被災地からは少し距離がありましたが、とんでもない揺れでした。
食器棚やタンスがバタバタと倒れた。余震が続くのも怖かった。停電でテレビもつかず、状況がまったく分からなかった。
通っていた小学校は避難所に指定された。数日のうちに人でいっぱいになった。
校庭も自家用車で埋まった。倒壊した建物からかろうじて脱出したトラウマから、車中泊を選ばれているということだった。
もっと大きな被害を受けた方がたくさんいるので、これ以上語るべきだとは思いません。
でもショックは大きかった。すべてのものが変わり果ててしまったように思えた。
少しずつ日常が戻っていく中でも、僕たちの心には影が落ちていたように思います。
直接的に大きな被害を受けた皆さんについては、言うまでもありません。
加えて、そこまで大きな被害を受けなかった人も、そうでないがゆえの負い目や申し訳なさを感じていたと思います。明るい話題を口にするのもためらわれるような雰囲気を、子ども心にも感じていました。
そんな中、オリックスの奮闘ぶりは、僕らを夢中にさせました。
イチローさんはもちろんですけど、当時の野球仲間とは平井正史さんの話題で盛り上がっていました。
高卒2年目にして、抑えを任され大活躍していた。
僕らの間では「ヒライ見た? 昨日もすごかったね」が合言葉のようになっていました。
新人王、最優秀救援投手、最高勝率のタイトルを獲ったときも、ものすごくうれしかった。
