阪神・淡路大震災の経験

小学5年生のころ、僕は阪神・淡路大震災を経験しました。

当時の自宅は、激甚被災地からは少し距離がありましたが、とんでもない揺れでした。

『獅子貫徹 ライオンズ一筋25年、理想の打撃を追い求めて』(著:栗山巧/KADOKAWA)

食器棚やタンスがバタバタと倒れた。余震が続くのも怖かった。停電でテレビもつかず、状況がまったく分からなかった。

通っていた小学校は避難所に指定された。数日のうちに人でいっぱいになった。

校庭も自家用車で埋まった。倒壊した建物からかろうじて脱出したトラウマから、車中泊を選ばれているということだった。

もっと大きな被害を受けた方がたくさんいるので、これ以上語るべきだとは思いません。

でもショックは大きかった。すべてのものが変わり果ててしまったように思えた。

少しずつ日常が戻っていく中でも、僕たちの心には影が落ちていたように思います。

直接的に大きな被害を受けた皆さんについては、言うまでもありません。

加えて、そこまで大きな被害を受けなかった人も、そうでないがゆえの負い目や申し訳なさを感じていたと思います。明るい話題を口にするのもためらわれるような雰囲気を、子ども心にも感じていました。

そんな中、オリックスの奮闘ぶりは、僕らを夢中にさせました。

イチローさんはもちろんですけど、当時の野球仲間とは平井正史さんの話題で盛り上がっていました。

高卒2年目にして、抑えを任され大活躍していた。

僕らの間では「ヒライ見た? 昨日もすごかったね」が合言葉のようになっていました。

新人王、最優秀救援投手、最高勝率のタイトルを獲ったときも、ものすごくうれしかった。