それを待っていたように声を掛けてきたのがまだ勘九郎だった勘三郎。2005年の18代襲名披露口上で、彌十郎さんの「私はこう見えて勘三郎さんより一つ年下でございます」が大受けだった。仁左衛門さんが「私もこう見えて、勘三郎さんより年上でございます」と続けてこれも大受け。
――そうでしたね、懐かしい。
勘三郎さんとも平成中村座やニューヨーク公演でずいぶんご一緒させていただきました。10代目三津五郎さんとは同い年でやはり幼馴染なんですが、そのお二人が若くして立て続けに亡くなられて、寂しい限りです。
そんな時に、三谷幸喜さんとの出会いがあるんですね。19年に歌舞伎座の『月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと)風雲児たち』に出た時のこと。
稽古場で、三谷さんから「映像の仕事はやらないんですか?」って訊かれて、「いや、チャンスがなかっただけで……」「じゃあ、やりましょう」って。そしたら一年ほどして声が掛かり、それが大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の北条時政役でした。
「全国の人をあっと言わせますからね、時政を長屋の親父で演じてほしい」って言われたんですよ。まさかあんなに話題にしていただけるとは思ってませんでした。これは間違いなく第3の大きな転機になりましたね。
その後、時政のいた伊豆の国市の居酒屋へ行ったら、土地の人たちが「この辺の昔の親父たちはみんなああいう浜言葉の喋り方だったんで、懐かしかったですよ」って言ってくれて、ああよかった、と思いました。
歌舞伎に出てくる時政はもっと威厳があるので、最初、僕の役が時政だと聞いた時には、予想外で、えっ、と思ったんです。全然イメージが違いましたから。奥方役の宮沢りえさんにも、主役で義時役の小栗旬さんにもとても助けていただきました。