海外で歌舞伎をさらに広げたい
そして前々からの夢だった海外での自主公演が実現する。
――そうなんです。澤瀉屋を出てから30年くらい経って、息子の(坂東)新悟との「やごの会」で、フランスのパリとスイスのジュネーヴとスペインのマドリードで公演しましたが、お陰様で全部満席。
演目はちょっと重ための「関(せき)の扉(と)」(『積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)』)でしたけど、幕のあく前にちゃんと説明すれば、受け入れられるわけですよ。本当に受けたんです。特にスペインなんかスタンディングオベーションになって、5回カーテンコールがあって。
僕がなぜ海外に歌舞伎を持って行きたいかと言えば、向こうで認められるとそれが逆輸入されて、日本のお客様の関心が歌舞伎に集まるじゃないですか。そう思うからなんです。
さらにもっと大きな僕の夢は、パリに花道と、廻り舞台と、セリと、スッポンのある劇場を作りたい、ということ。既存の劇場を改造すればいいんですが、その後運営していかないといけないので、この実現はなかなか難しいでしょうね。
以前はただ夢として言っているだけでしたけど、お陰様で映像の仕事も注目していただけるようになり、また言い始めました。以前は、ホラ吹きみたいに思われそうでしたから(笑)。どなたかこの夢を聞いた方が、協力してくださったらいいなと思いますね。