筆者の関容子さん(左)と

その大きな夢のほかに、叶いそうなプライベートの夢が何かありますか?

――僕の大好きなスイスの山奥の、1日1組か2組しかお客さんの来ないようなところで、夏に蕎麦屋をやる、というのが夢なんです。

スイスとイタリアの国境は蕎麦の実が多く穫れるんですよ。蕎麦粉十割のピッツォッケリというのがとても美味しいんです。周りには野草がいくらでも生えているんで、それを天ぷらにして……蕎麦屋の親父ですね。(笑)

春と秋だけ芝居をして、夏はスイス、冬はハワイでのんびり、というふうにはいきませんかね。(笑)

 

なかなかその筋書き通りにはいかないように思いますね。やはり大きな夢のほうを叶えていただきたいと思います。

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