「心不全になってダメージを受けた心臓っていうのは、元の状態には二度と戻ることができないんですよ。だから、残った機能を大事に保って生きていかなくちゃならないんです。これ、読んでおいてくださいね! 気をつけることが書いてありますから~」
頭の上に、メガトン級の不安が落ちてきた。これ以上ないほどのショックだった。大声で泣きたくなった。これから私がいくらがんばっても、もう取り戻すことはできないのだ。私が失ってしまった心機能は、もう二度と戻ってこないと、確かに看護師さんはそう言った。私がのほほんと生きてきたから、無自覚に暮らしてきたから、私の心臓はとことん痛めつけられ、音を上げるまで酷使され、そして今、二度と復活できないほどに機能を失ってしまったのか。あまりの悲しさに何も出来ずにパンフレットを握りしめ、ベッドに座っていると、横のベテランがカーテンの隙間から、ふたたび声をかけてきた。看護師さんの話を盗み聞きしたのだろう。
「一度やるとやっかいやで、心不全ってのは」
その言葉に曖昧に答えた私は、心不全手帳をベッド脇のテレビ台の引き出しに押し込んで、ナースステーションに急いで向かった。いてもたってもいられなかった。逃げ出さなければならない。負けてはいられない。誰がなんと言おうと、それだけは絶対に、決して譲らないという強い気持ちで、受付に座っていた女性に声をかけた。
「すいません、個室に移りたいんです」
「個室だと、別途お部屋代がかかりますけれど……」
「かまいません。なるべく早く移りたいんです。電源をいくつか確保したいんですが、大丈夫ですか? パソコンを持ち込みたいんです。インターネットに接続することはできますよね?」
女性は驚いた表情をしていたが、わかりましたと言い、「手配しますね」と言ってくれた。
メラメラと闘志が湧いてくるのを感じながら、私はベテランが今か今かと私の帰りを待つ、暗い病室に戻った。
『更年期障害だと思ってたら重病だった話』 村井理子・著
中央公論新社
2021年9月9日発売
手術を終えて、無事退院した村井さんを待ち受けていた生活は……?
共感必至の人気WEB連載、書き下ろしを加えて待望の書籍化!