結婚し、迷わずニューヨークへ

「どうしよう?」と、母に相談したところ、「やりたいほうをやったらいいでしょ」と言ってくれて。それで和光のほうをお断りして、カメラテストに合格し、新人女優として新東宝に入社することになったのです。あの時、もし自分が本当に行きたい道を選んでいなかったら、「普通に結婚して、普通の奥さん」という人生だったはず。私の性格上、それじゃあ収まらなかったでしょうけど。(笑)

新聞記者をしていた夫と32歳で結婚し、生後4ヵ月の長女を連れて、特派員となった夫の赴任先のニューヨークで暮らすことにしたのも、私にとっては自然ななりゆきでした。夫とは『明日ある限り』という映画に出演した関係で知り合ったんです。この映画の撮影をしている時、私は夫婦の機微をなかなかうまく演じることができなくて……。

そんな私に、豊田四郎監督が「一度結婚して家庭を持ってみたら」とおっしゃったんですね。そう言われても、相手がいなくちゃできないし、と思っていましたが、その映画がご縁で結婚したわけですから、結局、監督さんがおっしゃる通りになりました。(笑)

夫についてニューヨークに行くことには何の迷いもありませんでした。ずっと仕事ばかりの日々だったので、少しくらい休んでもいいだろうって。それで、日本に帰ってきた時に忘れられていたら、自分はそれだけの女優だったんだと思えばいいのだと。仕事に関しては何の心配もせずに、アメリカで過ごすことに決めたのです。

現地で長男も生まれて、ニューヨークで過ごした3年間は幸せでしたね。周囲には、ご主人の転勤について渡米してきた同い年くらいのお子さんを抱えた主婦の方たちが大勢いらして。今日はあちらの家、明日はこちらの家と集まって、子どもたちを一緒に遊ばせたり。

もし日本で子育てをしていたら、自分の立場を考えて、私も自然と垣根を作ってしまったんじゃないかと思います。それがニューヨークでは「牧野さんの奥さん」として、みなさんが普通に接してくださったので、私も楽しく子育てすることができたのです。