最後の言葉さえ伝えられたなら

昭和56年に亡くなった私の父も、最期を病院で迎えている。いくつになっても元気で病気もほとんどしたことのない人だったが、ある日体調を崩して入院、一週間もしないうちに亡くなった。

私は仕事で渡米していたため、父の死に目には会うことができなかった。「親の死に目に会えない」ことを不義理だと恥じる人も多いが、私はそうは思わない。

アメリカへの出発直前、父が心配だった私はつい「アメリカに行くの、やめようかな」と言ってしまった。そんな私に、病院のベッドで寝ていた父はこんな言葉をかけてくれた。

「君らしくないことを言うな。メイコは女優なんだから、きちんと仕事をしてきなさい。また会えるよ」

その時、父は背筋を伸ばし、海軍式の敬礼をした。あんなに軍隊が嫌いだった父がそんなことをするなんて。私はなぜかぞーっとした気分になり「ああ、もうお別れなのだ」と悟った。

私の予感どおり、父は私がアメリカに行っている間に亡くなった。その日は自分の誕生日で、ちょうど80歳になった日に父は亡くなった。母は泣きながら「ハッピーバースデー」を歌って、送ったという。

不思議なことに、人は自らの死期が近いことを悟り、メッセージを伝えることができる。最後の言葉さえ伝えられたなら、旅立つ瞬間に一緒にいたかどうかはどうでもいいことだ。