初孫の著者をかわいがってくれた祖母。写真提供:(C)2018「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会、(C)2022「ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえり お母さん~」製作・配給委員会

祖母に対する後悔の念

母が認知症の兆候を見せ始めた時に、私がすぐにピンときたのは、以前、認知症の人たちを何人も取材した経験があるからです。取材のきっかけは、2004年にたまたま聴講した衝撃的な講演会でした。

クリスティーン・ブライデンさんというオーストラリアの認知症の女性が、日本で開かれた国際会議で、世界で初めて自分の思いを人前で語ったのです。いろんなことができなくなる怖さや、周りの言動に混乱し傷ついてしまうこと。彼女は自分の言葉で切々と語りました。

それは「認知症の人は何もわからない」と思い込んでいた私にとって、頭をガーンと殴られるほどの衝撃でした。そして心から悔やんだのです。「ああ、おばあちゃんに何てひどいことをしたんだろう」と。

実は母方の祖母も認知症でした。幼い頃、いつもピシッと着物を着こなし、厳しくもやさしい祖母は憧れでした。祖母も初孫の私をとてもかわいがってくれました。

ところがある時期から奇行が目立ち始めたのです。

突然、感情をあらわにして泣きだしたり、赤ちゃん返りしたかのようにぐずったり。そして私を、幼くして亡くした娘(私にとっては会ったこともない伯母)の名前で呼ぶ。子ども心には背筋が凍るホラーでした。

そして聞こえてきた、両親のひそひそ話。

「おばあちゃんはぼけてしもうたわ」

祖母は「何もわからない存在」になってしまったんだ……。そう決めつけた私。それからは、同居介護する叔母にばかり同情し、祖母を「怖い」と遠ざけてしまいました。

でもブライデンさんの話を聞いて、祖母も本当は、どうしようもない胸の内の不安を聞いてほしかったのではないか、だからあんなに泣きじゃくっていたのではないか、と気づいたのです。

祖母の声に耳を傾けてあげればよかった……。

認知症の人の思いを取材する番組を作ったのは、祖母への罪滅ぼしという理由が大きかったと思います。その時にはまさか、母まで認知症になって、母の思いを私が世の中に伝えることになるとは想像してもいませんでしたが……。

※本稿は、『ぼけますから、よろしくお願いします。 おかえりお母さん』(新潮社)の一部を再編集したものです。


ぼけますから、よろしくお願いします。おかえりお母さん』(著:信友直子/新潮社)

母が認知症診断を受けて4年半、介護サービス利用が始まってほっとしたのも束の間、東京で働く著者に広島で暮らす父から電話が。「おっ母がおかしい」。救急搬送され、そのまま脳梗塞で入院した妻に、98歳になった父は変わらぬ愛情を注ぐが……。遠距離介護を続ける娘が時に戸惑い、時に胸を打たれながら見届けた夫婦の絆。老々介護のリアルを娘の視点で綴った話題作、待望の続編!