フランス菓子の名店として知られた東京・八王子の「ア・ポワン」。シェフの岡田吉之さんが脳出血で倒れたこともあり、2012年には閉店を余儀なくされました。塞ぎ込む岡田さんに力を与えたのは「おいしく食べる」ことだったそう。脳出血の後遺症が残るなか、また日々の食事を作るようになったという岡田さんのお話を、愛用の調理道具とともに紹介します(構成=山田真理 撮影=川上尚見)
買った調理器具はほとんど使い物にならなかった
人間、生きていれば腹が空きます。一番近いコンビニに通って弁当や総菜を買っていたけれど、味が単調だし、お金もかかる。無職になった僕は障害年金だけが頼りなわけです。なのに、「あれだけ税金払ってきて、もらえる年金はこれだけ?」と呆れるくらいの金額だから、自炊をしないとお金がもたない。
そこで月に一度、姉を自宅に呼んでジャガイモ、ニンジン、タマネギなどの野菜の皮を剥いて小さく切ってもらい、それを冷蔵庫に保存して料理をするようになりました。しかし1週間もするとジャガイモなどは表面がぬめぬめし、角も取れて、どう料理してもおいしくないのです。
料理の基本は、食材を切ること、剥くこと。これをなんとか自力でできないかと考えました。「片手 料理 道具」と検索すると、いろいろな調理道具がヒットします。片っ端から買って試すのだけど、これがほとんど使い物にならないんですよ。
たとえば、食材を固定する調理台。これがないと、ピーラーで野菜の皮を剥くこともできません。最初に買ったのは、日本製なのに板に釘が3本刺さっているだけの代物で、いくらニンジンを刺しても、ピーラーを動かすとすぐに抜けて転がっちゃう。しかもうまく刺せず、指がざっくり切れたこともありました。重たいわりに安定性が悪く、床に落ちてしまう。