「先生、(がんの診断は)間違いではないんでしょうか」

主人がそう尋ねました。本人はどこも痛くないし、偶然受けた検査でがんが見つかったと思っているのですから、とても納得できないんでしょう。けれども先生は穏やかな口調で、主人の目を見て繰り返し言います。

「間違いなら間違いでいいですから、とにかく2日後にA病院に行ってくださいね」

診療所からの帰り道、主人は「ヤブ医者だ」とぶつぶつ言っていましたよ。

『実録・家で死ぬ――在宅医療の理想と現実』(著:笹井 恵里子/中公新書ラクレ)

大腸切除の手術が成功

2日後の受診日の朝も、「俺は大丈夫だから行かない」って駄々をこねて。私は「先生が紹介してくださってご迷惑をかけてしまうから、とにかく行きましょう」と説得しました。

A病院でも大腸がんの診断は変わりません。夫はすぐに入院し、がんの切除手術を受けました。

手術後、切除した大腸を見せてもらいました。がん細胞が点々とあって……お医者さんからは「本人は元気そうに見えるけど、相当進んでいますよ」と説明がありました。もって3か月、と。そばで主人も聞いていました。「しょうがねえな、人はいつか死ぬんだから」と、案外冷静に見えました。病院に来るのはあんなに嫌がったのにね。

びっくりすることに、大腸切除の手術後、主人は痛いとか、つらいとか、ぜんぜんなかった。とても元気だったんです。そして入院して1か月を過ぎる頃、「家に帰る」と言い始めました。

お医者さんも「大手術をして、これほど元気な患者さんははじめて」と驚くくらいの回復でした。入院する必要性がなくなってしまったので、家に連れて帰りましたよ。